フィリピンの子どもたちと教育の今
ココナッツ情報マガジン「ココナティスト」
COCONUTIST 2021・Autumn
Philippines Report Vol.4
フィリピンの子どもたちと教育の今
認定NPO法人アクセス 事務局長 野田 沙良さん(のだ さよ)
ライカさんと二人の娘さん
ココナッツの故郷「フィリピン」ロックダウン下での、子どもたちと教育の今
「学校での対面授業ができないまま1年半がたち、子どもたちの将来がだんだん心配になってきました」と話すのは、フィリピンの農漁村に暮らす、20代のワーキングマザーのライカさん。
フィリピンではパンデミックが始まってすぐの2020年3月に厳しいロックダウンが行われ、それ以降ずっと、15歳未満は外出禁止が続いています。公立学校の新学期はもともと6月スタートでしたが、10月に延期されました。ドゥテルテ大統領は「ワクチンが普及するまでは、対面授業は行わない」と発言。教育省はオンライン授業とプリント学習の2つの選択肢を提示して、各自治体がどちらで授業を行うかを決めるという形で、新学期を開始しました。
マニラ市など、一部の財政規模の大きい自治体はタブレット端末を配布してオンライン授業を採用しましたが、ほとんどの農漁村の学校では、インターネットの接続環境が整っていないため、プリント教材を配布して、自宅で取り組む形をとっています。私が長年通ってきたペレーズ町では、保護者が定期的に先生の自宅に通い、プリントを受け取ったり提出したりする形で実施されています。フィリピン教育省が制作した教育番組がテレビやラジオで放送されており、生徒はプリント学習に取り組みながら、担任から指定されたテレビ・ラジオ番組を視聴することもあります。
こんな風に取り組まれている在宅学習が、いま、フィリピンの子どもたちや保護者、教員に、波紋を広げています。
親のサポートが欠かせない、在宅学習
2人の娘を育てるライカさんは、こう話します。
「今年度は学校に行かずに勉強するんだよと伝えた時、娘のミヤとソフィアは、少し残念がっていました。でも二人は勉強が大好きなので、家でプリントの問題を解いたり質問に答えるのを楽しんでいます。ミヤは算数の問題を、ソフィアはプリントに色塗りをするのが好きです。とはいえ、子どもだけでは難しすぎるプリントもあり、しばしば私がサポートしなければなりません。仕事を終え、夕食作りや水汲みなどの家事がひと段落したあと、いつも二人の学習をサポートしています。家庭内には、娘たちの気を散らせるものがたくさんあるので、集中してプリントに取り組ませるのには、かなり工夫や努力が必要です」。
ライカさんの同僚で、30代のワーキングマザーであるリザさんも、似た経験をしています。
「幼稚園に通う息子も、プリント学習で学んでいます。大変なのは、携帯やおもちゃなどに気を取られて、息子が私の話に耳を貸さない時です。勉強に集中させるため、おもちゃを家の外に放りださなければならなかったこともありました。プリント学習に取り組もうとするたび、息子は私や夫を怖がったり、私に怒りをぶつけてきたりします。家族関係にマイナス影響が出ているな、と感じています」。
ジェンさんと娘さん
体重が減り、落ち込みがちになっている一人娘が心配
30代のワーキングマザーであるジェンさんは、一人娘の変化を心配しています。
「わが家は共働きです。一人っ子の娘は、『一日中ペットの犬に話しかけるしかなく、暇すぎて頭がおかしくなりそうだと話します。誰かと話したり遊んだりしたい。勉強を教えてくれる人にそばにいてほしい』と嘆きます。在宅学習が続くいま、何より心配しているのは、娘の安全と、将来についてです。私と夫が働いている間、娘は家で一人きり。その間、娘に何が起こっているのか、誰も知りません。ほとんどの時間、娘は一人で家で勉強するしかなく、プリントの内容が理解できなくて泣いていたこともありました。そういうことがあると、私はとても不安になります。親として時間をかけて娘をみてあげられていないことにストレスを感じ、自分を責めてしまうんです。それに、コロナ以降、娘が瘦せてきていること、悲しんでいる時間が増えていることも気がかりです」。
2020年11~12月に600人以上の生徒を対象に行われた調査では、回答者の54.7%が、在宅学習が心身にマイナスの影響を及ぼしていると回答しています。ジェンさんの娘のように、同世代との交流が制限されたことで、精神面に大きな負担がかかっている子は少なくありません。同世代と顔を合わせてのびのび遊んだり、おしゃべりしたりできないことが、大きなストレスになっています。家族がその苦しさを理解してくれない場合、そのストレスは一層高まります。保護者の側も、提出期限が近付いているのに、子どもが学習プリントに取り組もうとしないと、イライラが高まります。このように、在宅学習は家庭内に緊張状態をもたらす傾向があり、調査回答者の3割が「在宅学習が始まってから、家族間の関係が悪化した」と答えています。
リサさんと息子さんたち
生徒も親も、「学力がついているとは思えない」
プリント学習が子どもたちの成長につながっているのかどうか、その有効性を疑う声も挙がっています。「学習はあまり身になっていない、と感じています。保護者のサポートがあれば、子どもたちはプリントに書かれた質問に答えられるかもしれません。でも、そこから何かを学べているか?と考えると、疑問です。学ぶべきことを学べていない、今の子どもたちの将来がとても心配です」と、ライカさんは話します。前述の調査では、53%の子どもたちが「学力が身についているように思えず不安だ」と回答しており、在宅学習の有効性に対して疑問を感じている人は少なくありません。
子どもの未来のために、大人は何ができる?
2020年11月にフィリピンの大手調査会社が行った調査によると、2020年度に就学できなかった子どもは、前年度より100万人も多い、300万人に上りました。パンデミックの影響で家計が悪化した世帯の子どもたちが、進級・進学を諦めた結果と考えられます。就学できた子どもたちにとっても、在宅学習は効果的な学びとは言えません。
パンデミックは、フィリピンをはじめ、世界中の子どもたちの発達や学力向上に大きな影響を与えています。今こうして生じている学びの遅れや、チャンスの喪失をどう克服していけるのか。私自身を含め、世界中の大人が、子どもたちの未来を守るために、知恵を絞っていかなければならないように思います。
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【参考データ】
フィリピンで就学する学生・生徒のうち、80%がプリント学習、14%がオンライン授業、4%がプリントとオンラインの併用で授業を受けている。オンライン授業を行っている学校の大半がマニラ首都圏に位置している。
全国的には、5~20歳の子どもたちの約6割が、何らかの機器を使ってオンライン授業を受講。首都圏内では、その割合は96%に上る。受講に必要なオンライン機器の購入に、保護者は、子ども一人あたり約8000ペソ(約18000円)の支出を負担している。
★オンライン授業用の機器について
以前から所有している |
27 %
|
購入した |
12 %
|
無償で借りている |
10 %
|
譲り受けた |
9 %
|
有償で借りている |
0.3 %
|
★購入した/有償で借りている機器の内訳
スマートフォン | 79 % |
パソコン | 13 % |
テレビ | 5 % |
タブレット | 3 % |
*フィリピンの大手調査会社ソーシャルウェザーステーションによる、2020年11月に実施された調査結果より
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筆者プロフィール
認定NPO法人アクセス 事務局長
野田 沙良(のだ さよ)
フィリピンで活動する国際協力団体アクセスで、「子どもに教育、女性に仕事」を柱とした活動に従事。フェアトレードのココナッツ殻雑貨などの生産・販売も。
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